今日の神言

 白雪にうもれて今は見えねども
 春くればまた神日かみひ照さん

大和山とは?

教祖・教旨

主祭神は 「大和山大神」と唱え奉ります。教祖 田澤清四郎(法名:大和松風)は、長い間の修行と神典の研鑽により、布教の始めより「この道は自他力本願を旨となす」と宣言しました。信仰究意の念願である「心太らせ身も太る」ためには、見えざる神に守られつつ、心の世界を深めるほかないと宣言しました。
活きた神を高く仰ぎ、不断の修行によって生活と一致なる信仰の妙境(信仰即生活)を体得すべく、教祖唱伝の水行を本部にて実修しました。人間の至福は霊肉一致の救済にあるを確信して霊界の浄化を説き、「白道通天・万霊安住」の信を貫かんことを信徒に説示しました。
われ・人共に生き得る『共生(ともいき)の世』の理想を、教祖は現本部所在の地において具現せんとし、人類の新しい共同体の在り方の模型として、独特な宗教共同体として運営されるまでに成長しました。
また、共生の理想は、昭和33年から信徒の互助・共済制度に発展しました。
さらに、この教訓を三奉行(さんぽうぎょう)の実行によって一層具体化することも許されました。わが生涯を「み神に奉り、み国に奉り、人さまに奉る」という実践です。この実践が、初代教主 田澤康三郎(法名:大和小松風)によって「世界平和祈願の行動」として、「一食を捧げ 一欲を節する運動」(略称:平和一食運動)に展開され、現在に至っています。

大和山 教旨

大和山 教旨

大和山 教旨

沿革

名称

松緑神道大和山(しょうろくしんとうやまとやま)

創始者

田澤清四郎(法名:大和松風・やまとまつかぜ)

教主

田澤清喜(法名:大和松園・やまとしょうえん)

信者数

40,000人

崇拝対象

大和山大神(八百万大神と親神の総称)

沿革

教祖 田澤清四郎(法名:大和松風)は、明治17年2月、青森県青森市新浜町の薪炭商・田澤長四郎の次男として生まれました。
大正7年、35歳のとき、現在の大和山本部がある青森県東津軽郡平内町の外童子に入山し、家業の薪炭業を営みました。
翌年旧4月12日、み神の奇しきみ経綸(しぐみ)のもとに、一介の商人であった教祖を発起人として小さな堂宇(奥宮)が奉安されました。
同年、旧8月23日の夜、大きな星が昇っていく霊象を拝し、『この星は九曜の星という神であって、われ神に使われる神であるぞよ。汝の一生一代を護る神なるぞよ』との神の声を聞いたことから、家業の薪炭業を捨て、水行などの行を積み、宗教的境地を深め、昭和5年1月5日、松緑神道大和山会を結成しました。
教祖の長男・初代教主 田澤康三郎(法名:大和小松風・平成9年1月22日神化(しんげ)) は、旧制弘前高校文科から、東京帝国大学文学部宗教史学科へ進学し、その後大学に残り研究生活を続けましたが、昭和21年5月、青森で布教活動を続けている父のもとに帰り、教団振興に務め、昭和27年12月、宗教法人の認証を得ました。
初代教主神化の後、法燈を継承したのは、第二代教主 田澤豊弘(法名:大和松光・平成15年9月23日神化)で、文部科学大臣の諮問機関である宗教法人審議会委員、(財)新日本宗教団体連合会常任理事、(財)世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会理事を務め、独自の教風を護持しながら、新しい時代に即応した布教活動を展開しました。
現在は、第三代教主 田澤清喜(法名:大和松園)が法燈を継承しています。

組織

支部数:286 道場数:75
布教活動は、本部のある青森をはじめ、北海道、関東、関西、九州と全国で集会を開いて布教活動を行っています。

永遠の燈火

当教団の「永遠の燈火(えいえんのともしび)」は、比叡山延暦寺根本中堂に奉安されている1200年灯し続けられてきた「不滅の法灯(ふめつのほうとう)」を分灯賜ったものです。
昭和59年、比叡山延暦寺根本中堂で1200年灯し続けられてきた「不滅の法灯(ふめつのほうとう)」を分灯賜りました。教団ではこれを「永遠の燈火(えいえんのともしび)」として永久(とわ)に灯してゆくことを誓いました。
初代教主田澤康三郎(法名:大和小松風)は、「不滅の法灯」を「永遠の燈火」と意味付けくださった第253世天台座主山田恵諦猊下のご心慮を忝なまれ、「菜の花一坪栽培運動」を呼びかけて、これを「心の光」と仰ぐ信心の行動に展開しました。昭和60年(分灯の翌年)以降は、教信徒から寄贈された菜種を搾油した真心による菜種油をもってご法燈を灯し続けています。
比叡山へは延暦寺根本中堂の「不滅の法灯」を灯す菜種油一年分(540リットル)と、回峰行者が使用する蓮華笠(1个)と草鞋(1,200足)を毎年奉納させていただいています。その儀式は「大和山献油式」として毎年秋に比叡山延暦寺根本中堂で執行され、今年で29回を迎えます。

「松籟之館」に奉安された「永遠の燈火」

「松籟之館」に奉安された「永遠の燈火」

比叡山根本中堂における「不滅の法灯」分灯法要での初代教主(左) と 二代教主(中)、第253世天台座主(右)

比叡山根本中堂における「不滅の法灯」分灯法要での初代教主(左) と 二代教主(中)、右は第253世天台座主

大和山献油式について

昭和59年、比叡山延暦寺根本中堂で1200年灯し続けられてきた「不滅の法灯(ふめつのほうとう)」を分灯賜りました。教団ではこれを「永遠の燈火(えいえんのともしび)」として永久(とわ)に灯してゆくことを誓いました。 初代教主田澤康三郎(法名:大和小松風)は、「不滅の法灯」を「永遠の燈火」と意味付けくださった第253世天台座主山田恵諦猊下のご心慮を忝なまれ、「菜の花一坪栽培運動」を呼びかけて、これを「心の光」と仰ぐ信心の行動に展開しました。昭和60年(分灯の翌年)以降は、教信徒から寄贈された菜種を搾油した真心による菜種油をもってご法燈を灯し続けています。 比叡山へは延暦寺根本中堂の「不滅の法灯」を灯す菜種油一年分(540リットル)と、回峰行者が使用する蓮華笠(1个)と草鞋(1,200足)を毎年奉納させていただいています。その儀式は「大和山献油式」として毎年秋に比叡山延暦寺根本中堂で執行され、今年で29回を迎えます。 

教祖生誕百年祭を記念して比叡山延暦寺より「不滅の法灯」が分灯され、大和山に「永遠の燈火」として輝いた

昭和59年、教祖生誕百年祭を記念して「不滅の法灯」が比叡山延暦寺より分灯され、大和山に「永遠の燈火」として輝いた

「不滅の法灯」に灌油する 三代教主

「不滅の法灯」に灌油する 三代教主

信者が栽培している菜種畑

信者が栽培している菜種畑