今日の神言

 一瞬は即ち一日一瞬は即ち一生一瞬は即ち永生なり

本部近況

第39回 中華民国慰霊祭

 終戦80年の今年9月4日、教主さまのご親祭により、台北市北投にある中和禅寺において「第39回中華民国慰霊祭」が執り行われた。

 この中華民国慰霊祭は、第二次世界大戦当時、日本統治下の台湾から戦地に駆り出されて戦没した3万3千余の孤魂(台湾出身の日本軍人・軍属として戦死のため、日本の靖国神社にも台湾の国立忠烈祠にも御霊が祀られていないことから、当時は孤魂と称した)の慰霊を、現地の弁護士・(せん)(そう)()氏から初代教主さまが依頼され、昭和58(1983)年に台北市郊外の中和禅寺境内の一角に平和祈願塔を建立し、第1回となる中華民国平和使節団を派遣、落慶式と共に第1回慰霊祭が厳修されたことに始まる。

 初代教主さまは、落慶式のご垂教で「祈願塔は、建立することに意味があるのではなく『まつりのこころを持続』して表明し、『そこから平和と親善友好を深め広げる』ところにこそ意味があるとするならば、この度の落慶式は、我が国と台湾との『親善のための新しい出発』とせねばならないものであります」と諭されている。

 その後、連合青年会によって平和使節団の初期の派遣が行われ、平成5 (1993)年からは連合壮年会に引き継がれて慰霊祭が継続されてきた。立教90年を期して、平成20(2008)年からは本部主催となり現在に至っている。新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大により、令和2(2020)年から令和5(2023)年の4年間は開催が叶わずにいたが、中和禅寺の釈明曦住職よりご快諾をいただき、昨年に続いて今年も中華民国慰霊祭を執行させていただいた。

 教主さまは、9月3日に現地入りし、台北忠烈祠を参拝なさった。台北忠烈祠は、中央政府所管の唯一の慰霊施設であり、先の大戦で犠牲となった40万余の英霊が祀られている。偶然にもこの日の午前、忠烈祠では総統、副総統等が臨席して秋の慰霊祭が開催されていて、同日午後に、教主さまも祈りを捧げられた。

 その後、スタッフと共に神饌を購入なさって中和禅寺に赴かれ、釈住職をはじめ関係者に暖かいお迎えをいただいた。中和禅寺では、酷暑をご心配くださり、エアコン完備の礼拝室を会場にとご提供いただいた。

ご挨拶、本堂でのお拝りの後、勿体なくも教主さまは、慰霊祭会場の設営から神饌の作製まで慰霊祭の準備に当たってくださった。祭主が自ら率先して準備に当たられることの忝さと共に、38回続けられてきた慰霊祭ではあるけれども毎回新たな気持ちで礼儀を尽くし、亡き御霊に祈りを捧げる心作りの大事をご出発前にご教導賜ったことを思い、一緒に関わらせていただけることに改めて感謝申し上げた。

 慰霊祭当日は、晴れで気温は34℃。午前10時30分に祭儀が開式され、祭主入場、修祓、招神の儀、献饌、大和山聖歌「祈りの歌(一)」奉唱と続き、「中華民国慰霊祭祭文」が奏上された。大和山の慰霊の誠を、先の大戦で亡くなった御霊がいかに待ち望まれていたかを感じさせるとても穏やかな空気の中、祭儀は進行した。石笛吹鳴、「天津祝詞」奏上と続き、「御霊鎮祭祈願の祝詞」奏上後、遍照の鈴を振鈴なさって厳かに御霊鎮めが行われた。

 慰霊祭には、平和使節団の受け入れをサポートしてくださる現地のライオントラベルの(りょう)()(おう)副總経理と共に社員2名もご参列くださり、最後にそれぞれ献花を行って慰霊祭は滞りなく終了した。大和山の慰霊に呼応し、平和を願う活動を理解して協力くださる台湾の方々、これまで中華民国平和使節団に参加くださった方々の他、多くの教信徒の皆様の祈りと行動がご縁となり、今につながっていることに心より感謝申し上げた。

 中華民国慰霊祭を終えたその日の夜、想定外のアクシデントが生じ、祈りを捧げる機会を更にいただいた。翌5日は、午前9時10分に台北松山空港を出発し、羽田経由で夕方には帰山を予定していたが、飛行機の機材整備のため、台北からの出発が3時間35分遅延するとのメールを受信。羽田空港到着以降の青森便を検索したところすべて満席。ライオントラベルの担当者へ報告、ホテルの検索等々と困惑しながらも、大和山大神さまに大み守りをお祈りした。このような不安な状況におかれても、目に見えざるものを信じ、祈れる信仰をいただいていることに改めて感謝申し上げた。結果、大幅な遅延はあったものの、夕方無事に羽田空港に到着し、航空会社手配のホテルに宿泊。その夜のニュースで、台北からの便が到着する少し前には台風の影響による雷雨のため、羽田空港の地上業務が一時停止していたことを知り、飛行機の遅延も天候もすべて神さまの大み守りの中にあったことに感激し、深く感謝を申し上げた。6日は快晴、無事帰山した本部境内が眩しく感じられた。

 終戦80年の今年、この慰霊祭を通して御霊の平安と世界の平和を祈ると共に、日々の祈りのありがたさも改めて強く感じさせていただいた。今後も平和使節団を派遣して、現地の方々と共に祈りを捧げる機会を継続、広げるように行動していくことを誓い、報告とする。

(西村英美子 記)